毎日やで、毎日...。

とある商社マンと大学院生toの日常ブログ。なんてない毎日も大事に生きていきます。すべては最期の一瞬に見るという走馬灯の準備。

SNS

南です。

少しでもいいから毎日何かしらを文字でアウトプットするのは脳に良いこと、っていうのを何かで読んだのを思い出し、突拍子もなくフリック入力をしている学校終わりの午後21時46分。

 

ということで先週の月曜日から中国語学校への通学を無事開始しています。

10時から、1コマ50分に10分の休憩の合わせて1時間のセットを、午前3セット、途中で1時間の休憩を挟んで、午後3セットの、計6セットを午後5時までこなす日々。

思ってたよりも宿題やテストが多く、マンツーマンなので常に緊張感があり、またそもそものライフサイクルが根本的に変わったということも相まって、中々大変な日々を過ごしています。

 

サラリーマンって、常に手を動かしてお客さんに会い、部下を教育し、専門的なことも勉強しながら一般教養もそれなりに身につけつつ、このご時世新しい斬新なアイデアも求められる、そんな複雑で大変な生き方だと思っていて、勿論その人の向き不向きはあるにせよ、1日24時間の中で如何に効率的に前述のタスクをこなそうともがいて自分自身4年間駆け抜けてきたのかなと、今更ながら思ってます。

 

そんな日々に一旦距離を置いて、腰を据えて一つの学問に取り組む、しかもその間に給料を貰えるっていうのが、プレッシャーがありながらも本当に有難いなと思いながら日々過ごしてます。会社の期待とプレッシャーを背に抱えながら、なんとか中国語をモノにして新しい次元の人間になれるよう、真面目に愚直に頑張ります。

 

こんな状況下、かつてと比較すると心にも余裕が出来つつあって、じっくり新聞読んだりテレビのニュースを見たりこれまで以上にSNSに目を通したりする時間が、物理的にも精神的にも生まれてきているのですが、改めて情報量が多くてなんだかソワソワする時代を生きているなと感じます。

 

新聞なんかはまだ真実味のある話があって勉強になるのだけれども、ツイッターでは直近の災害のニュースを、さも全てをわかっているかのように5cm四方に満たない範囲の指の動きだけで表現している人や、インスタグラムでは他人や親の金のおかげで満たされているだけの素人が、さも自分が偉大な存在であるかのごとく、素人の質問に答えたりしていて、これらの人間の営みに割かれているエネルギーがなんだか虚しいものに思えて仕方がありません。

 

と、こうやって俯瞰して偉そうなことを言っている自分みたいな存在が一番ちっぽけなのかもしれませんが。

 

ただ、こんな時代だからこそ、アナログに生きるというか、手足を使うというか、真実を自分の目で見てリアルに伝えるということが余計に重要になってくるのではないでしょうか。

 

これから異国の地に行くわけですが、まずはその前に勉強しつつも、色んなところに行って、色んな物を自分の眼球で直接見て、色んな人と会って相手の本物の眼球を見ながら話しをして、少しでも多く真実に触れる時間を作りたいなと思います。渡航前だけじゃなくて渡航後も勿論そうしようと思っているけど。

 

色々と思うところはあるのですが、まとまりがない文章になってしまいそうで、いったんはこの辺で。

SNSとうまく向き合って、程よいバランスをまず模索したいなと、SNS中毒患者として改めて思った週初めでした。

 

明日はテストがあります。頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

失恋について

ゆうやです。

僕は三年以上前の失恋を未だに引きづっていて、自分でもそれが気持ち悪い。

 

今の状況も、未来のことも、どう考えても復縁することは無理だとわかっているけど、起こり得ない何かを心の奥底で期待してしまっている。三年以上もたったらお互いの環境や性格も変わってくるし、記憶も淡く美化されていく。なのに俺は何をしているんだろう。

 

答えはわかっている気がする。元カノを思い出し、哀愁して、しみじみすることで、現実の課題から逃げているのだと思う。もっと外に興味を向けるべきだけど、臆病になって、言い訳をしているんだと思う。わかっているはずなんだが。。。

そこで俺は元カノとの出来事や思い出、考えていたことをできるだけ思い出して、小説にしたいと思い立った。誰かに読ませるためではなくて、自分で最期に整理をして区切りをつけるため。書き終わったら、ギリギリ残してある思い出の品とかも一緒に全部燃やそうと思う。やり方気持ち悪いけど、これが一番忘却に役立ちそう。

 

この世に失恋して悲しんだ人はいくらでもいると思う。みんなよく立ち直ってるなと思う。もともと俺は哀愁することが好きだったので、失恋してから失恋ソングを聞くようになった。今考えればこれもよくなかったかもなあ。おかげでいい感じの失恋ソングに出会えたので、最もぐっと来たものを、ここでまとめておこう。理由はないけども。

 

1. あの素晴らしい愛をもう一度 - 北山修加藤和彦

こころとこころが今はもう通わない…。ああ、もう一度…。

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2. 二十二才の別れ - 風

私には五年の月日が長すぎた春と言えるだけです…。おい…。

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3. I Want You Back - The Jackson 5

陽気なメロディで少し悲しさがまぎれる。

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4. Lonely - Akon

君のような女性が僕のそばに居てくれたのも信じられないのに、僕のせいで君は僕から去っていってしまった…。ロンリー…。

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5. Just A Dream - Nelly

確かに、夢だったんだと思う。今から考えれば。

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6. Breakeven - The Script

別れたら、どちらかが悲しい思いを引きづったままで、平等にbreak heartしない。これは曲とpvがすごく悲しくていい曲。冒頭に彼女が"What would I do without you"と言っているんだけど、今はもうそう言ってくれる彼女はいない…。今彼女は僕のことなど少しも考えず、平然と暮らしているけど、自分は過去に囚われたまま苦しんでいる…。何しとんや自分は。

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7. When I Was Your Man - Bruno Mars

ああしとけばよかった、なぜしなかったんだ…。最後には自分がすべきだったことを、今彼女の隣にいる男がやってあげていることを願っている。幸せになってくれよな!

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あげてたらキリがないので、これで終わり。なんのためなのか。

ポジティブな歌を聞くべきなんだけど、なぜかあまりグっとこない。

これも何かから逃げているからだろう。こうやって文章書いてても自分にムカついてきた。

 

小説書いて、燃やして、すべて忘れよう。

もう失恋は飽きた。

 

春おっかけよう。

今日とこれから

ゆうやです。初投稿。

 

僕はこれから、このブログでは普段思ってることや起こったこと、昔のこと、好きなことと色々書いていきたいと思う。多分話題や書き方に一貫性はないけど、継続していきたいと思う。後々にタグをつけて管理するでしょう。

 

僕は今26歳の大学院生でこの4月から博士後期課程に入る。見渡せば友人皆働いているが、僕はあと3年ほど学生の身分のまま。たまに負い目や引け目を感じるが、好きでやりたいことをやっているので、きっちりと結果を出してやりきるつもりでいる。

 

普段の生活は、基本的に研究室と飯屋と家の往復、たまにジム。大学の周りには飯屋が多いので、昼飯と夜飯に何を食べるかを考えるのが一日の楽しみ。何時に帰るかはその日時々だけど、研究室にいるのも家にいるのも変わらないので16時に帰るときもあれば23時を超えているときもある。普段は他人とあまりしゃべらなくて、「こんにちは」、「ごちそうさま」、「お疲れ様です」、「レシートいらないです」しかほとんどしゃべらない。今日はたまたま大学時代の後輩とジムに言ったのでよく喋ったが、おどろきのロレツの悪さだった。DMM英会話とか始めて毎日誰かと喋るようにしようかなあ。

 

大学院に入るにあたって、よく遊んだ友達は東京へ就職していき、飲みに行く回数が減った。その分、研究に集中できて良いけど、寂しさを感じるときは一人で近くの飲み屋に飲みによく行っていた。だけど最近は家で酒を飲むことを覚えてしまった。週に3,4回は飲んでしまう。今こうして文章を書いているときも飲んでいる。だけど、一人で飲むときは酔えないから永遠に飲めてしまうんだなあ。気をつけねば。

 

今日の話題だけども、

最近、漫画のNARUTOの最後らへんを読んだ。最後の方では、いがみ合ったり牽制し合ったりしていた対立する国々が、強大な共通の敵を目の前にして一致団結して敵を倒すというよくありそうな展開。ここで思ったのが、人類においても何かしらの共通の敵が現れれば、地球上の争いはなくなって団結していくんじゃないかと思う。その敵として真っ先に思いつくのが、映画アルマゲドンに出てきたような地球滅亡レベルの隕石。映画の中でも、国や人種、身分関係なく、みんな隕石の打倒を願っていた。あれは良かった。

もう一ついい案がある。。。それは【宇宙生物の発見】。地球の生命に危機をもたらすような生命体でなくとも発見されれば、「地球で争ってる場合じゃねえ」ってなるんじゃないかなあ。ここの話は僕がやっている研究と大いに関係していて、この宇宙生物の研究はここ十年ですごいホットな分野になっている。宇宙生物の模索は純粋な知的探求以上に、人類に新たな答えと疑問を与えてくれる。僕らはどこから来たのか、普遍なのか特殊なのか、科学的な事実とともに地球生物としての哲学的な問が多く与えられる。また後々宇宙生物のおもろい話とか、それによって生まれた哲学とかについてもこのブログで書いていけたらと思う。

 

話は戻って、NARUTOではそういったアツい展開のなかで友情や希望の大事さを教えてくれる。だいたい冷静になると、くさいなと思うセリフが多いけども、ぐっとくる言葉もある。最近ぐっときた言葉は【やればよかったって言いたくねえんだ】という感じだったと思う。あの時やればよかったって言ってる未来の自分が頭に浮かんで、焦りを感じた。めっちゃどこにでもありそうで当たり前な言葉だし、自分でもわかっているはずな言葉。多分、今の自分はそれができていなくて、それを言われるのを待っていたのかもしれない。

名言ってたいていそういうもので、偉いやつが言ったからピックアップされるけど、昔からみんなわかっていることが多い気がする。偉いやつがすごいのは、それを知ってるだけじゃなくて、体現しているということ。有言実行。孔子とかソクラテスパスカル吉田兼好のいい言葉を学んでも体現できないとなあ。

今の僕に体現できていることがあるだろうか、座右の銘すらぼんやりしている。よく年始に今年の目標とか決めるけど、宣言するだけで満足している感は否めない。まあ僕はできた人間ではないし、この三年間は目の前のことをまずしっかりこなしていこうと思う。

 

あれやっといてよかったって言いたいなあ。Connect the dots だな。

 

 

何を言いたいのかよくわからなくなったなあ。レオナルド・ダ・ヴィンチもいってたなあ、「まず始めに終わりを考慮せよ」って。これから頑張ります。

おしまい。

 

ゆうや

 

 

 

Life goes on

南です。

初投稿です。

 

今日は信じられないくらいの量の仕事が残っていながらも、上司に誘われたので5時45分に会社を飛び出して飲みに行きました。

 

月島にある岸田屋へ。食べログ3.96点というまさにエリート居酒屋でした。

ここのモツ煮込みは、誰が言い出したのかは分からないですが、東京で食べるべきモツ煮込みトップ3にランクインしている、と上司がご機嫌に豪語していました。

ホンマかよ、と思いながら食べてみましたが、多分ホンマです。字面通り、筆舌に尽くしがたい美味しさでした。

この料理の全体感に関してはどう表現したらいいか分からないですが、一つ大きく感じたのは、モツの臭さが絶妙に生かされて"ウマミっぽさ"に昇華されてるな、ということです。

本来モツの持つウィークポイントが、料理人の手によって逆にストロングポイントに変貌を遂げていて、あぁ、このモツは良いところを伸ばして育てられて幸せなやつだなぁ、とシミジミしました。

 

世間で言う大企業に入って、世間で言うエリートなやつ、世間で言う育ちのイイやつらに囲まれて、まぁ自分自身も世間で言うところの恵まれた人なんだろうが、次元が違うな、と思う人が多すぎて、絶望を通り越して諦めの境地に至ることも頻繁にありますが、このモツ達を見て、人は人、自分は自分、背伸びせずに自分の良さを見極めて、そこを生かさない手はないなと改めて気付かされた夜でした。

 

自分自身、技術的な才能はないなと重々承知している訳ですが、強いて言えば、(主観的ですが)魅力的な人に囲まれる(=仲良くしてもらえる)才能はあるなと自負してます。

上野さんという定年を迎えて再雇用されたおじさんと2年弱営業の仕事に携わってきた訳ですが、彼からしきりに言われて、心の励みになったフレーズが2つあります。

 

1つ目が「大丈夫、死にはせん」、2つ目は「人間人それぞれやから、個性を大事にして強みを伸ばして生かしたらええねん」。

 

どっちも当たり前過ぎて逆に思い付かない発想だと思いますが、特に後者は自分が自信をなくしたときに気持ちを楽にさせてくれる魔法のフレーズだと思います。

 

自分のことは自分が一番良く分かっているはずなので、背伸びせず、自分に合った生き方をしたいなぁと常々思いますし、このヨボヨボの糖尿病一歩手前のおじさんと話していると不思議と肩の力が抜けて目の前がパッと明るくなったりするものです。

 

明日も役員宛の申請書書いたり、外資系の金融機関とデリバティブやったり、カナダ人と交渉したりする訳ですが、失敗しても死にはしないし、穏やかな気持ちで取り組んで、夜は美味しい日本酒を飲んで、一週間を気持ち良くシメたいなぁと思います。

 

あと1日頑張ります。